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主は、私たちを遣わして

2018.08.19.18:25

 彼は
傷ついた葦を折ることなく、
暗くなっていく灯心を消すこともない。イザヤ書4238/19の週の聖句)

 主は私たちを遣わして、
主が恵みをお与えになる年、
私たちの神が報復される日を告知する。イザヤ書6112

 パウロの手紙:
私たちは
あなたがたの喜びのために
協力する者です。Ⅱコリント124

 マルコ731 ~37
 詩41(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句8/19;Ⅲ日曜)

 「彼」、
〔父である神〕が、「わたし」がささえる、「わたしのしもべ」とおっしゃる方。
「わたし」の心の喜ぶ「わたし」が選んだ者。
「わたし」は彼の上に「わたし」の霊を授け、
彼は国々に公義をもたらす。
彼は叫ばず、声をあげず、
ちまたにその声を聞かせない。彼
はいたんだ葦を折ることもなく、
くすぶる燈心を消すこともなく、
まことをもって公義をもたらす(イザヤ4213新改訳)。

 彼の上には、神である主の霊があるのだそうです。
天の神、主、
「『わたしはある(IAM)』と名乗られる方が、
この方に油、〔聖である霊〕と呼ばれる方を注ぎ、
貧しい者に良い知らせを伝え、
心の傷ついた者をいやすためにこの方を遣わされた。
捕らわれ人には解放を、
囚人には釈放を告げ、
主の恵みの年と、
われわれの神の復讐の日を告げ、
すべての悲しむ者を慰め、
シオンの悲しむ者たちに、
灰の代わりに頭の飾りを、
悲しみの代わりに喜びの油を、
憂いの心の代わりに賛美の外套を着けさせるために(イザヤ6113)。


 そして、この「彼」、イエスによって派遣された

「わたしの霊」、「聖である霊〕と呼ばれる方が
心に置いてくださる
〔父である神〕の御思いによって生きる者も、
イエスの弟子たちの喜びのために協力する者にしていただけるのだそうです。

 イエスが、深い嘆息をもって、
耳の聞こえない人を聞こえるようにされたようにも(マルコ73137)。

 〔聖である霊〕と呼ばれる方が心に置いて下さる
〔父である神〕の御思いのとおりに。
この新しい週も。

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神の御思いに根差した生活をさせてくださり

2018.08.18.08:27

 私たちは
主を捨てて、
ほかの神々に仕えることなど、
するはずがありません。ヨシュア記2416

 キリストに根を下ろして
造り上げられ、
教えられたとおりの信仰をしっかり守って、
あふれるばかりに感謝しなさい。コロサイ書27

 イザヤ書2616
 Ⅰヨハネ2:1~6(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句8/18;土)

 モーセの後継者としてイスラエルの民を約束の地に導き入れ、
土地を12部族に割り当て、定着させたシュア。
 年を重ね老人になったとき、彼は、
全イスラエル、
その長老たち、かしらたち、さばきつかさたち、つかさたちを呼び寄せ、
彼らに言ったのだそうです。

 「今、あなたがたは
主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えなさい。
あなたがたの先祖たちが
川の向こう、およびエジプトで仕えた神々を除き去り、
主に仕えなさい。

 もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、
川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、
今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、
あなたがたが仕えようと思うものを、
どれでも、きょう選ぶがよい。
私と私の家とは、主に仕える」、と。

 すると、民は答えて言った。
「私たちが主を捨てて、ほかの神々に仕えるなど、
絶対にそんなことはありません。
私たちの神、主は、
私たちと私たちの先祖たちを、
エジプトの地、奴隷の家から導き上られた方、
私たちの目の前で、あの数々の大きなしるしを行ない、
私たちの行くすべての道で、
私たちの通ったすべての民の中で、
私たちを守られた方だからです」(ヨシュア2312241417新改訳)、と。


 今、私たち、
創造の目的から「的外れ」になっている
〔生まれたときからの私〕という霊を、
イエスが受けてくださった十字架刑での処刑によって、
処刑されたもの、死んだものをしていただき、

 十字架刑で死に、
墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人のうちより新しい霊のからだに復活し、
40日に渡って何度も弟子たちに現れ、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で、弟子たちが見守る中、
上げられ、雲に迎えられて、
天の〔父である神〕の右の座に帰られたイエスが派遣してくださる
〔聖である霊〕とよばれる方によって、
〔父である神〕の御思いを心に置いていただけるのだそうです。

 この方は、私たちに働いて、
私たちをキリストに根差す者にしてくださり、
建ててくださり、
信仰を堅くしてくださり、
あふれるばかりの感謝の思いを起こしてくださるのだそうです。

 それで、私たちも歌うのですね。
私たちには強い町がある。
神はその城壁と塁で私たちを救ってくださる。
城門をあけて、誠実を守る正しい民を入らせよ。
志の堅固な者を、
あなたは全き平安のうちに守られます。
その人があなたに信頼しているからです。

 いつまでも主に信頼せよ。
ヤハ(「『わたしはある(IAM)』という者」と名乗られる方)
主は、とこしえの岩だから。
主は高い所、そびえ立つ都に住む者を引き倒し、
これを下して地に倒し、
これを投げつけて、ちりにされる。
貧しい者の足、弱い者の歩みが、これを踏みつける」(イザヤ2616)、と。


 私たちは、罪を犯さないようにしていただけるのだそうです。
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって、
「的外れ」になっている(創世記3522)、
〔生まれたときからの私〕という霊から出て来る思いは、
処刑されたもの、死んだものから出て来た思いであると認めて、
〔父である神〕、〔御子である神〕イエスの前に差し出し、
見ていただき、受け取っていただきながら、

 〔聖である霊〕と呼ばれる方が心に置いてくださる、
〔父である神〕の御思いによって
生きるようにしていただけるのだそうですから。

「的に当たっている者」、
「あるべきところにある者」として。

 神を知りながら、
体験しながら。
神の御思いのうちを(Ⅰヨハネ216)。

「わたしが天から下って来たのは、
自分のこころを行なうためではなく、
わたしを遣わした方のみこころを行なうためです」(ヨハネ638
と言っておられたイエスのように。
今日も。

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惜しんで、滅ぼさず、きよめ、御心に沿う者に替え

2018.08.16.22:59

主の言葉:
お前は、
自分で労することも育てることもなく、
一夜にして生じ、滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。

 それならば、どうしてわたしが、
この大いなる都ニネベを
惜しまずにいられるだろうか。
ヨナ書41011

 自分の利益ではなく
他人の利益を追い求めなさい。Ⅰコリント1024

 ルカ225462
 Ⅰヨハネ1510(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句8/17;金)

 紀元前700年頃のこと、
北イスラエル王国で活動していた預言者ヨナは、
天の神、主から、敵国、アッシリアの首都ニネベに派遣され、
「もう40日すると、ニネベは滅ぼされる」と叫んで回ったのだそうです。

 すると、ニネベの人々は、王を初め、身分の高い者から低い者まで
荒布を着、断食をして、ひたすら神にお願いし、
おのおのが悪い道から立ち返るよう努力したのだそうです。
「もしかすると、神が思い直してあわれみ、
その燃える怒りをおさめ、
私たちが滅びないで済むようにしてくださるかもしれない」、と。

 それをご覧になった神は、
彼らに下すと言っておられた災いを思い直し、そうされなかったのだそうです。

 それで、ヨナは非常に不愉快になり、
怒って、主に祈って言ったのだそうです。
「ああ、主よ。
私がまだ国にいたときに、このことを申し上げたではありませんか。
それで、私はタルシシュ(スペインの町)へ逃れようとしたのです。
私は、あなたが情け深く憐れみ深い神であり、
怒るのにおそく、恵み豊かであり、
わざわいを思い直されることを知っていたからです。

 主よ。今、どうぞ私のいのちを取ってください。
私は生きているより死んだほうがましですから。」

 ヨナは町から出て、町の東のほうにすわり、
そこに自分の仮小屋を作り、
町の中で何が起こるかを見きわめようと、
その陰にすわっていた。

 神である主は一本のとうごまを備え、
それをヨナの上をおおうように生えさせ、
彼の頭の上の陰として、ヨナの不機嫌を直そうとされた。
ヨナはこのことを非常に喜んだ。

 しかし、神は、翌日の夜明けに、一匹の虫を備え、
虫がそのとうごまをかんだので、とうごまは枯れた。

 太陽が上ったとき、神は焼けつくような東風を備えられ、
太陽がヨナの頭に照りつけたので、
彼は衰え果て、自分の死を願って言った。
「私は生きているより死んだほうがましだ。」

 すると、神はヨナに仰せられた。
「このとうごまのために、あなたは当然のことのように怒るのか。」
そして、仰せられた。
「あなたは、自分で骨折らず、育てもせず、
一夜で生え、一夜で滅びたこのとうごまを惜しんでいる。
まして、わたしは、
この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか。
そこには、右も左もわきまえない12万人以上の人間と、
数多くの家畜とがいるではないか。」


 天の神、主は、
「われわれのかたちとして、われわれに似せて」(創世記126)、
「わたしたち(父である神と御子である神イエスと聖である霊と呼ばれる神)
一つであるように、
彼らが(わたしたちと)一つである」(ヨハネ172122)ように
との願いで造られていながら、
その、造り主である天の神、主にそむき、
対立、対抗して、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」(創世記3522)者になって、
創造の目的からずれた、
「的外れ」になっている私たち人間をなお、
惜しんでくださっているのだそうです。

 それで、〔父である神〕は、
ご計画の時が満ちたとき、
〔御子である神〕を、
アダムの「的外れ」を受け継いでいない
「女の子孫」(創世記315)として、
ナザレ村の一処女、
ダビデの子孫の一人であるマリヤの胎を通して、
人間イエスとして人間の歴史の中に派遣し、
私たち人間の「的外れ」の責任のすべてをこの方に負わせ、
この方がおよそ33歳の頃、
十字架刑で処刑されたのだそうです。


 そして、「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになっている、

この私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を、
このイエスの十字架刑での処刑に合わせてくださって、
処刑されたもの、死んだものとしてくださるのだそうです。

 そのうえで、受け入れる者に、
もう一人の方、〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣してくださって、
この方の働きで、
受け入れる者の心に、
ご自身が一人一人の思っておられる御思いを置いてくださり、
受け入れる者の心に御自身の御思いがあるようにしてくださるのだそうです。


 それで、私たちの〔生まれたときからの私〕という霊からは、

自分の利益を求める思い、
自分が一番になり、
良い者のすべてを自分一人で独占したい思いしか出て来ませんが、
そのような私たちの心にも、
〔聖である霊〕と呼ばれる方は、
「自分の利益ではなく、他人の利益を追い求める」思いも、
置いてくださるのだそうです。


 イエスが捕らえられ、裁判にかけられているとき、

女中や下役の男から
「おまえも、彼らの仲間だ」と言われ、
三度も、「私はあの人(イエス)を知りません」と否定するペテロを、
イエスは、やさしく見守ってくださり(ルカ225462)、

 前もって、
「きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います」と告げ、
「シモン、シモン。
見なさい。
サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。
しかし、わたしは、
あなたの信仰(信頼、神との関係)がなくならないように、
あなたのために祈りました。
だからあなたは、立ち直ったら、
兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ223134)と言ってくださっていたように。


 私たちの心に行き来する思いを、
自分一人で抱え込まないで、
隠さないで、神の前に差し出し、
見ていただき、知っていただくなら、
天の神、主は、それを光の中の出来事、明るい出来事に変え、
御子イエスが十字架刑での処刑でささげてくださった血で、その罪を赦し、
全ての悪からきよめてくださるのだそうですから(Ⅰヨハネ1510)。
今日も。

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理解出来るようにし、教え、導き、ご計画の道を行くようにと

2018.08.16.08:49

 わたしは主、
あなたの神、
わたしはあなたを教えて力をもたせ、
あなたを導いて道を行かせる。イザヤ書4817

 主は、
あなたがすべてのことを
理解できるようにしてくださる。Ⅱテモテ27

 Ⅰペトロ515
 Ⅰヨハネ114(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句8/16;木)

 天の神、主、
「『わたしはある(IAM)』という者」と名乗られる方ご自身が、
私たちの神となってくださり、
私たちを教え、導いて、
歩むべき道を行くようにしてくださるのだそうです。

 イエスを通して来てくださる
〔聖である霊〕と呼ばれる方は、
私たちにすべてのことを教え、
理解させ、
思い起こさせてくださるのだそうですから(ヨハネ1426)。

 〔父である神〕は、
この方、〔聖である霊〕と呼ばれる方によって、
長老たちには、
神の羊の群れを牧する思いを。
強制されてするのではなく、
神に従って、自分から進んでそれをなし、
卑しい利得を求める心からではなく、
心を込めてそれをしようと。

 割り当てられている人たちを支配するのではなく、
むしろ群れの模範となって。

大牧者が現れるときに、
しぼむことのない栄光の冠を受けるようにと。

 若い人たちには、
長老たちに従がう謙遜な思いを(Ⅰペテロ525)。

 それは、初めから、
天地が造られる前からあった計画であり、
イエスの弟子たちが聞いたもの、
目で見たもの、
じっと見、また手で触ったもの、
すなわち、いのちのことば、
〔父である神〕の御思いの表現として現れたもの、
御父とともにあって、
私たちに現れた永遠のいのち、
御父及び御子イエス・キリストとの交わりのことなのですね(Ⅰヨハネ1:1~4)。
私たちに伝えられた。
私たちを喜びで満たす。
今日も。

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今おられ、かつておられ、やがて来られる方が

2018.08.15.10:51

 主の御名は力の塔、
神に従う人はそこに走り寄り、
高く上げられる。
箴言1810

 神である主、
今おられ、かつておられ、
やがて来られる方、
全能者こう言われる。
「わたしはアルファであり、オメガである。」
黙示録18

 ヨハネ8311
 ヨハネ103142(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句8/15;水)

 天の神、主、
「『わたしはある(IAM)」という者」と名乗られる方は、
今おられ、
かつておられ(ヨハネ858)、

やがて、
号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに
天から下って来られる方(Ⅰテサロニケ416)。

 「初めであり、終わり」であられる方(黙示録2213)。

 力の塔、堅固なやぐらのように、
御名を呼ぶ者を安全に守ってくださる方。

 姦淫の現場で捕まえられ、引き立てられて来た人に対しても、
「わたしもあなたを罪に定めない。
行きなさい。
今からは決して罪を犯してはなりません」
と仰ってくださった方(ヨハネ811)。

 「『わたしは神の子である』とわたしが言ったからといって、
どうしてあなたがたは、
父が、聖であることを示して世に遣わした者について、
『神を冒涜している』と言うのですか。

 もしわたしが、
わたしの父のみわざを行なっていないのなら、
わたしを信じないでいなさい。
しかし、もし行っているなら、
たといわたしの言うことが信じられなくても、
わざを信用しなさい。
それは、父がわたしにおられ、
わたしが父にいることを、
あなたがたが悟り、また知るためです」(ヨハネ103638)、
「わたしと父とは一つです」(ヨハネ1030)とおっしゃる方なのですね。

 そして、〔聖である霊〕と呼ばれる方によって、
〔父である神〕の御思いを私たちの心に置いてくださって、
私たちの心に〔父である神〕の御思いがあるようにしてくださって、
私たち一人一人を通して〔父〕がしようと思われるみわざを行ってくださり、
この方にあって、
私たちも〔父と一つ〕であることを実現してくださる方。

 天地が造られる前から計画され、
世の終わりには完全に実現する計画を実行してくださる方、
なのだそうです。
今日も。

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風にそよぐ葦

Author:風にそよぐ葦
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