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永遠の命の言葉を持っておられる方によって

2018.12.06.10:18

主はあなたを見守る方、
あなたを覆う陰、
あなたの右にいます方、
昼、太陽はあなたを撃つこがなく、
夜、月があなたを撃つことがない。12156

イエス・キリストも
最後まであなたがたをしっかり支えて、
私たちの主イエス・キリストの日に、
非の打ち所のない者にしてくださいます。Ⅰコリント18

 コロサイ書1914
 イザヤ書916(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句12/5;水)

 どうか我らを助け、
敵からお救いください。
人間の与える救いはむなしいものです。6013

 シモン・ペテロの言葉:
主よ、
私たちはだれのところへ行きましょうか。
あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。
あなたこそ神の聖者であると、
私たちは信じ、また知っています。ヨハネ66869

 Ⅰテサロニケ5:(1348
 イザヤ書97104(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句12/6;木)

 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
私たちを、いつも見守り、
すべての災いから守ってくださる方、
最後まで支えて、
非の打ちどころのない者、
だれも責めようのない者、
完全な者にしてくださる方なのですね。

 私たちを、
あらゆる霊的な知恵と理解力によって、
神の御心に関する真の知識で満たし、
主にかなった歩みをして、
あらゆる点で主に喜ばれ、
あらゆる善行のうちに実を結び、
神を知る知識を増し加え、

 また、神の栄光ある権能に従い、
あらゆる力をもって強くし、
忍耐と寛容を尽くし、
また、光の中にある、聖徒の相続分にあずかる資格を与えてくださった父なる神に、
喜びをもって感謝をささげることができるように(コロサイ1914)。


 〔御子である神〕、
不思議な助言者(ワンダフルカウンセラー)、
力ある神、
永遠の父、
平和の君と呼ばれる方が、
ダビデの家系である処女マリヤの胎をとおして、
一人の男の子、イエスとして生まれ(イザヤ96)てくださったのだそうです

 そして、私たちの身代わりとなり、
私たちのそむき、「的外れ」の責任を負って
十字架刑での処刑を受けてくださり、
「的外れ」、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになっている、
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑済み、死んだものとしてくださったのだそうですから。

 そして、死んで葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活されたイエスは、
40日に渡って弟子たちに何度も現れ、神の国のことを語った後、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の〔父である神〕の右の座に帰られたのですが、

 そこから、
受け入れる者に、
もう一人の方、
〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣してくださるのだそうです。

 この方は、私たちの心に、
〔父である神〕が私たち一人一人に思っておられる御思いを置いてくださり、
受け入れる者が
〔父である神〕の御思いと思いを一つにしながら
生きるようにしてくださるのだそうです。

 ですから、私たちも、
むなしい人間に救いを求めるのではなく、
ペテロが言うように、
このイエスに救いを求めていくのですね。

 〔父である神〕、
〔御子である神〕イエス、
〔聖である霊と呼ばれる神〕と
思いを一つにしながら、
信頼と愛を胸当として着け、
救いの望みのかぶとをかぶって、
慎み深く。
今日も。

(近くの教会を知りたい等の方は;shkhknsyg4@yahoo.co.jpへどうぞ。)

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新しい霊で生きる

2018.12.04.09:06

お前たちは立ち帰って、生きよ。エゼキエル書1832


 神にかたどって造られた新しい人を身に着け、
真理に基づいた
正しく清い生活を送るようにしなければなりません。エフェソ書424


 ヘブル書103239
 イザヤ書81623(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句12/4;火)


  天の神、主、
「『わたしはある(I am)』 という者」と名乗られる方は言われます。


 「それゆえ、イスラエルの家よ。
わたしはあなたがたをそれぞれの態度に従ってさばく。
――神である主の御告げ――
 立ち帰って、あなたがたのすべてのそむきの罪を振り捨てよ。
不義に引き込まれることがないようにせよ。
あなたがたの犯したすべてのそむきの罪をあなたがたの中から放り出せ。


 こうして、新しい心と新しい霊を得よ。
イスラエルの家よ。
なぜ、あなたがたは死のうとするのか。
わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。
――神である主の御告げ――
 だから、立ち帰って、生きよ。」(エゼキエル183032)、と。


 それで、〔父である神〕は、
自分の力では立ち帰ることも、
そむきの罪、自分の「的外れ」を放り出すこともできない私たちのために、
〔御子である神〕を人間イエスとして、私たち人間の歴史の中に派遣し、
この方がおよそ33歳の頃、
この方を、神に背いた者、神に呪われた者として、
十字架刑で処刑してくださったのだそうです。


 そして、私たちをイエスに合わせられた者、
イエスと一つになったものと見なし、
私たちの「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになっている
〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑されたもの、死んだものと手続きしてくださるのだそうです。


 そのうえで、
死んで葬られ、
三日目、日曜日の早朝、死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日に渡って弟子たちに何度も現れ、神の国のことを語り、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の〔父である神〕の右の座に帰られたイエスを通して、


 もう一人の方、〔聖である霊〕と呼ばれる方を
受け入れる者に派遣してくださって、
受け入れる者が、
今までの自分を死んだものとして放り出し、
この、新しく来てくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方が心に置いてくださる
〔父である神〕の御思いによって生きるようにしてくださるのだそうです。


 人を欺く情欲によって滅びていく古い人を、
すでに死んでいるものとして脱ぎ捨て、
〔聖である霊〕と呼ばれる方をお迎えして、
心の霊において新しくされ、
真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、
新しい人を着た者に。


 そして、天に帰られたイエスが、
二度目に来られて、
私たちのからだも、一瞬にして、霊のからだ、復活のからだに変えられ、
天に引き上げられ、
いつまでもイエスとともにいるようになる(Ⅰコリント155153、Ⅰテサロニケ41617)、
その希望によって生きる者に。


 「もうしばらくすれば、来られるべき方が来られる。
おそくなることはない」(ヘブル1037)のだそうですから。


 私たちは、恐れ退くのでもなく、
他の教えに通り過ぎるのでもなく、
ここにとどまり、この方に望みをかける(イザヤ817)のですね。
「わたしの義人は信仰(真実)によって生きる」(ハバクク24、ヘブル1038)のですから。


 〔聖である霊〕と呼ばれる方が心に置いてくださる
〔父である神〕の御思いによって。
今日も。


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栄光の位を継ぐとき、やがていただける恵みを待ち望みながら

2018.12.03.11:13

主は、
弱い者を塵の中から
立ち上がらせられた。サムエル記上28


 羊飼いは、
見失った羊を見つけたら、
喜んでその羊を担(かつ)いで行った。ルカ155


 Ⅰペテロ1:(891013
 イザヤ書8115(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句12/;月)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
弱い者を塵から起き上がらせ、
貧しい人を、あくたから引き上げ、
高貴なものとともに、座らせ、
彼らに栄光の位を継がせられる方。


 迷い出た羊を捜し歩き、
見つけたら、大喜びでその羊を肩にかついで、帰って来て、
友だちや近所の人たちを呼び集め、
「いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んで下さい」と
大喜びをする方なのだそうです。


 私たちは、そのイエスを信頼し、魂の救いを得ています。
イエスを見たことはないけれども愛しており、
いま見てはいないけれども信頼しており、
ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びに踊っています。


 旧約聖書を書いた預言者たちも、
自分たちのうちにおられるキリストの御霊が、
キリストの苦難とそれに続く栄光を前もってあかしされたとき、
だれを、また、どのような時をさして言われたのか、
熱心に尋ね、細かく調べたのだそうです。


 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、
今の私たちのための奉仕であるとの啓示を受けました。


 そして今や、それらのこと、イエスに関する救いのことは、
天から送られた聖霊によって
私たちに福音、喜ばしいニュースを語った人々を通して、
私たちに告げ知らされているのですね。


 それで、私たちは、心を引き締め、身を慎み、
イエス・キリストの現れ(二度目に来られる)のとき
私たちにもたらされる恵みを、
ひたすら待ち望んでいるのですね(Ⅰペテロ1813)。


 さまよい出て、迷ってしまう私たちを、
捜し求め、
起こし、立ち上がらせてくださる方によって、
御思いを心に置いていただきながら。
今日も。


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栄光の王が入られるため、心の戸を開いて

2018.12.02.19:59

見よ、あなたの王が来る。
彼は神に従い、

勝利を与えられた者。ゼカリヤ書9912/2の週の聖句)


 主なる神はこう言われる。
悔い改めて、

お前たちの偶像を離れよ。エゼキエル書146


 律法学者はイエスに言った。
「先生、おっしゃるとおりです。
『神は唯一である。ほかに神はない』
とおっしゃったのは、本当です。

 そして、
『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、
また隣人を自分のように愛する』ということは、
どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも

優れています。」マルコ123233


 マタイ2119

 詩24(通読箇所)

   (ローズンゲン日々聖句12/2;Ⅰ日曜)


 私たちの王である方が来られるのですね。

この方は、神に従い、

〔父である神〕と思いを一つにして生きるという

正しい生き方をなさる方。


罪にも、死にさえも勝利されて、

私たちに救いを与えてくださる方。


 柔和で、

最初に来られたときには、軍馬にではなく、ろばに、

それも子ろばに乗られてエルサレムに入城された方なのですね(マタイ2119)。


 私たち、今までは、

「神のひとりのようになり、善悪を知る」者で(創世記3522)、

自分の理性を神とし、

自分の理性の善し悪しの判断だけで生きて来たものですが、


 神は、その私たちに、

方向転換して、天の神、主に向き返り、

〔父である神〕と思いを一つにして生きるようにと、

新しい生き方に招待していてくださるのだそうです。


 唯一の神、この方を愛し、

この方の御思いが成ることを喜びとし、

周りの人を大切に思うようにと。


 そして、ダビデの歌を私たちもうたうのですね。

地とそれに満ちているもの、
世界とその中に住むものは主のものである。
まことに主は、海に地の基を据え、
また、もろもろの川の上に、それを築き上げられた。
誰が、主の山に登り得ようか。
だれが、その聖なる所に立ち得ようか。
手がきよく、心がきよらかな者、
そのたましいをむなしいことに向けず、
あざむき誓わなかった人。
その人は主から栄光を受け、
その救いの神から義を受ける。
これこそ、神を求める者の一族、
あなたの御顔を慕い求める人々、ヤコブである。


 門よ。おまえたちのかしらを上げよ。

永遠の戸よ。上がれ。

栄光の王が入って来られる。

栄光の王とはだれか。

強く、力ある主。

戦いに力ある主。


 門よ。おまえたちのかしらを上げよ。
永遠の戸よ。上がれ。
栄光の王が入って来られる。
その栄光の王とはだれか。
万軍の主。これぞ、栄光の王(詩篇24710新改訳)、と。

 この新しい週も。

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見せ、体験させ、喜ばせようと

2018.12.01.21:07

御救いを愛する人が
神をあがめよと

いつも歌いますように。705


 群衆はこぞって、
イエスがなさった
数々のすばらしい行いを見て

喜んだ。ルカ1317


 黙示録2110142127

 イザヤ書71017(通読箇所)

   (ローズンゲン日々聖句12/1;土)


 イスラエルの王、ダビデはうたいました。

神よ。私を救い出してください。

主よ。急いで私を助けてください。

私のいのちを求める者どもが、恥を見、

はずかしめを受けますように。

私のわざわいを喜ぶ者どもが退き卑しめられますように。

「あはは」と笑う者どもが、

おのれの恥のためにうしろに退きますように。


 あなたを慕い求める人がみな、

あなたにあって楽しみ、喜びますように。

あなたの救いを愛する人たちが、

「神をあがめよう」と、いつも言いますように。


 私は、悩む者、貧しい者です。

神よ。私のところに急いで来てください。

あなたは私の助け、私を救う方。

主よ。遅れないでください(詩篇70新改訳)と。



 イエスのときも、

群衆は、イエスがなさったすべての輝かしいみわざを見て、

喜んだのだそうです。


 使徒ヨハネは、

やがて実現する、天から下って来る聖なる都、

新しいエルサレムの幻を見て喜んだのですね。


 都には神の栄光があった。

その輝きは高価な宝石に似ており、

透き通った碧玉(へきぎょく)のようであった。

都には大きな高い城壁と12の門があって、

それらの門には12人の御使いがおり、

イスラエルの子らの12部族の名が書いてあった。


 12の門は12の真珠であった。

どの門もそれぞれ一つの真珠からできていた。


 都の大通りは、透き通ったガラスのような純金であった。

私は、この都の中に神殿を見なかった。

それは、万物の支配者である、

神であられる主と、小羊とが都の神殿だからである。


 都には、これを照らす太陽も月もいらない。
神の栄光が都を照らし、小羊が都のあかりだからである。
諸国の民が、都の光によって歩み、
地の王たちはその栄光を携えて都に来る。
都の門は一日中決して閉じることがない。
そこには夜がないからである。
こうして、人々は
諸国の民の栄光と誉れとを、そこに携えて来る(黙示録2111122126
のだそうですから。


 神は、イザヤを通して預言して言われました。
「見よ。処女がみごもっている。
そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける」(イザヤ714)。

 そして、それから700年ほど後、
「どうしてそのようなことになりえましょう。
私はまだ男の人を知りませんのに」(ルカ134)というマリヤを通して
〔御子である神〕が、人間イエスとなられ、

 この知らせを受け、急いでベツレヘムへ行って、
マリヤとヨセフと、
飼い葉おけに寝ておられるみどりごとを探し当てた羊飼いたちは、
見聞きしたことが、全部御使いの話しのとおりだったので、
神をあがめ、賛美しながら帰って行った(ルカ21620)のだそうです。

 〔父である神〕は、
〔聖である霊〕と呼ばれる方によって、
これからしようと思われる御思いを私たちの心にも置いてくださり、
私たちに、それが実現するのを見せ、喜ばせてくださるのですね。
今日も。

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