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いつも、主に目を注いで

2017.05.31.10:14

私はいつも主に目を注いています。
私の足を網から引き出してくださる方に。2515

 あなたがたも忍耐しなさい。
心を固く保ちなさい。
主が来られる時が迫っているからです。ヤコブ書58

 イザヤ書321118
 使徒5111(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句5/31;水)

 天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方に、
いつも目を注ぐのだそうです。

 この方は、私たちの足を網から引き出してくださる方。

 イエスは、二度目に来られて、
私たちがいつもこの方と一緒におられるようにと、
ご自身のもとに私たちを引き上げてくださる方なのだそうです。

 それで、畑に種を蒔いた農夫が、大地の貴重な実りを、忍耐をもって待ち望むように、心を固く保って待ち望みなさいと勧められているようです。

 天の神、主は、「神のひとりのようになり、善悪を知る者」になって(創世記3:5、22)、ご自身に対立、対抗している私たち人間が、
あるいは、心の向きを変えて、ご自分に立ち返ることもあろうかと、
ぶどうの収穫をなくし、栄えていた街を打たれて荒れ地とし、野ろばの喜ぶ所、羊の群れの牧場となさるのだそうですが、
それでも、私たちはこの方に帰ろうとはしないのですね(アモス4:6、8、910、11)

 それで、ついには、
〔御子である神〕が、「女の子孫」として人の世に来られ、
私たちの身代わりとなり、
私たちの「的はずれ」責任をご自身の身に負って十字架刑での処刑を受けられるという、
この方の側の一方的な御業によって、
私たちの〔生まれた時からの私」という霊を処刑済みと手続してくださって、
これを受け入れた者に、
上からの霊、〔聖である霊〕と呼ばれる方が来られ、
荒野が果樹園に、果樹園が森とみなされるようにしてくださるのだそうです。

公正は荒野に宿り、義は果樹園に住み、平和をつくり出し、平穏と、信頼をもたらし、安全な家、安らかないこいの場に住むようにと(イザヤ321118)。

 私たちも、この、〔聖である霊〕と呼ばれる方をお迎えして、
心に、〔父である神〕の御思いを置いていただきながら(エレミヤ31:33)、
女奴隷の目が女主人の手元を注意深く見つめているように(詩1232)、
〔父である神〕の御思いに目を注ぎながら生きるのですね。

イエスが二度目に来て下さるその日を目指して。
今日も。
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