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命の水を、私たちがただで飲めるよう、用意してくださって

2018.01.31.23:23

 主が彼らを導いて乾いた地を行かせるときも、
彼らは渇くことがない。
主は彼らのために岩から水を流れ出させる。
イザヤ書4821

 渇いている者は来るがよい。
命の水の欲しい者は、価なしに飲むがよい。
黙示録2217

 Ⅰコリント3;(1348
 申命記
101022(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句2/1;木)

 エジプトを出たイスラエルの民は、
彼らの不信仰のゆえに、
40年間、荒野の乾ききった地を旅したわけですけれど、
天の神、主が、彼らにいつくしみ深い霊を賜り、
彼らの口から天からのパン、マナを絶やさず、
彼らが渇いたときには、岩から水を出させて、水を与え、
彼らを養われたので、
彼らは何も不足することはなく、
彼らの着物もすり切れず、足もはれなかったのだそうです(ネヘミヤ
9:⒛~21)。

 天の神、主、「『わたしはある』という者」と名乗られる方は、
ご自身で、御子の命という代価を支払ってくださって、
私たちにも言われます。

「渇いている者は来なさい。
命の水が欲しい者は、それをただで受けなさい」と。

 〔聖である霊〕と呼ばれる方は、
〔父である神〕が、私たちのこの地上での生活を通して、
私たちひとりひとりを通してしようと思っておられることを、
その人の心に、その人自身の願いとし、志として立てさせ、
事を行わせてくださるのだそうです(ピリピ
213)。

 神である主を畏敬し、愛し、
心を尽くし、精神を尽くして神である主に仕え、
主の御思いのとおりの幸せな人生を歩みむようにと(申命記
101213)。

 そして、それぞれの働きに従って
報酬を与えようと思っていてくださるのだそうです(Ⅰコリント
38)。
「よくやった。良い忠実なしもべだ。
あなたは、わずかなものに忠実だったから、
わたしはあなたにたくさんのものを任せよう。
主人の喜びをともに喜んでくれ」(マタイ
252123)、と。
今日も。
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