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「わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」と

2019.02.20.10:41

私はあなたに向かって両手を広げ、
渇いた大地のような私のたましいを、
あなたに向けます。
1436

 イエスの言葉:
疲れた者、重荷を負う者は、
だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。
マタイ1128

 ロマ書418
 ロマ書101421(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句
2/20;水)

 乾き切り、水を、雨を待ち望む大地のように、
私たちも渇いた魂を、
天の神、主、
「『わたしはある(
I am)』という者」と名乗られる方に向け、
御心が成ることを待ち望むのですね。

 「疲れた者、重荷を負う者は、
だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。
わたしは心優しく、へりくだっているから、
あなたがたもわたしのくびきを負って、
わたしから学びなさい。
そうすれば魂に安らぎが来ます。
わたしのくびきは負いやすく、
わたしの荷は軽いからです」と仰られる方を。

 私たちは自分の行いで、自分の努力で、神の義に達して、
神の前に誇れるようになろうとするものですが、
その道は、神の義に達することができず、
本気になってやればやるほど、重荷となり、
疲れ果てる結果になるだけのようです。

 けれども、なんの働きも出来なかった者も、
不敬虔な者を義と認めてくださる方に信頼するなら、
天の神、主は、その信頼を義とみなしてくださるのだそうです。

 自分が、自分の力で義を行なう道とは違う、この別の道で
神によって義と認めていただく者は幸いなのですね。

 「不法を赦され、
罪をおおわれた人たちは、幸いである。
主が罪を認めない人は幸いである」(詩篇
3212
と言われているように(ロマ
418)。

 〔父である神〕は、〔御子である神〕を
「女の子孫」、人間イエスとして人の歴史の中に派遣し、
このイエスの十字架刑での処刑による死と、
死者の中からの復活によって、
〔聖である霊〕と呼ばれるが
「的外れ」になっている私たちのうちに来る道を
開いてくださったのだそうです。

 そして、受け入れる者にこの方、
〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣し、
この方によって、
受け入れる者の心にご自身の御思いを置き、
書きしるしてくださるのだそうです。

 それで、受け入れる者は、
心に神の御思いを持つ者としていただけるのだそうです。
天の神、主と心と思いを一つにする者に。

 創造の目的のとおりの、
「われわれのかたちとして、われわれに似せて」(創世記
126)、
「わたしたちが一つであるように、
彼らも(わたしたちと)一つである」(ヨハネ
172123)者、
義なる者へと。

 それで、天の神、主は、私たちすべての人に、
このイエスによって開かれた新しい生き方を受け取ってほしいと、
聞いて、信頼して、受け取るようにと、
弟子たちを遣わし、宣べ伝えさせておられるのだそうです。
エルサレムから始まって、ユダヤとサマリヤの全土、
さらにちの果てにまで。
「その声が全地に響き渡り、地の果てまで届くように」、と。

 不従順で反抗する民にも、
一日中、手を差し伸べながら(ロマ
101421)。
今日も。


(近くの教会を知りたい等の方は;shkhknsyg4@yahoo.co.jpへどうぞ。
また、ご家族などで、教会に行っていないけれど、葬儀はキリスト教で、等の
お問い合わせもどうぞ。

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