お迎えしてみますか。〔聖である霊〕と呼ばれる方。あなたも。

2018.03.03.08:46

主が私に語り始めた時、
霊が私の中に入り、
私を自分の足で立たせた。
私は語りかける者の声に耳を傾けた。
エゼキエル書22

 女が言った。
「私は、
キリストと呼ばれるメシヤが来られることは
知っています。
その方が来られる時、
私たちに一切のことを知らせてくださいます。」
イエスは言われた。
「それは、このわたしである。」
ヨハネ42526

 ガラテヤ21621
 ヨハネ121219(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句3/3;土)

 エゼキエルが見たその方は、
ケルビムと呼ばれる天使の頭の上、
大空のはるか上のほうにある、
サファイアのような何か王座に似たもののはるか上におられ、
その腰と見える所から上のほうは、
その中と回りとが青銅のように輝き、火のように見え、
その腰と見える所から下のほうに、火のようなものが見え、
その方の回りには輝きがあったのだそうです。
その輝きは、雨の日の雲の間にある虹のようであり、
主の栄光のように見えたのだそうです(エゼキエル12528)。

その〔御子である神〕が、
キリスト(神の子、救い主。ヘブル語ではメシヤ)として、
人となって、私たち人間の世に来られた。
イエスは、「わたしが、それである」と言われるのですね。

そして、過ぎ越しの祭りのとき、
イエスが、十字架刑での処刑を受けるために(ルカ18:31~33)、
預言のことば(ゼカリヤ99)のとおりに、ろばの子に乗って、
最後のエルサレム入場をされたとき、
人々は、しゅろの枝を取って、出迎え、
「ホサナ。祝福あれ。
主の御名によって来られる方に。
イスラエルの王に」と大声で叫んで、
王であるキリストを出迎える仕方で、出迎えたのだそうです(ヨハネ121219)。

 この方が、すべての人間の身代わりとなって、
十字架刑での処刑を受けられ、
墓に葬られ、
三日目に死人のうちより、新しい霊のからだに復活され、
天の〔父である神〕の右の座に帰られ、
その〔父である神〕の右の座にあって派遣される〔聖である霊〕と呼ばれる方。

 その方が、受け入れる者の中に入り、受け入れる者を立たせて、
〔父である神〕の語りかけを心に聞かせてくださり、
一切のことを知らせてくださるのだそうです。
 

この方は、
〔父である神〕と一つになっておられる〔御子である神〕と
一つになっておられる方。
〔御子である神〕のものを受けて、
私たちに知らせてくださる方(ヨハネ161315)なのだそうですから。

 〔父である神〕は、
私たち、「神のひとりのようになり、善悪を知る者」になっている
〔生まれたときからの私〕という霊を、
イエスの十字架刑での処刑に合わせて、
処刑されたもの、死んだものと手続きしてくださって、
キリストが内に生きておられる者に、
イエスが派遣される〔聖である霊〕と呼ばれる方が、
内にあって心に置いてくださる
〔父である神〕の御思いによって生きる者にしてくださるのだそうですから(ガラテヤ
21920)。

今日も。

近くの教会を知りたい等の方は;shkhknsyg3@yahoo.co.jp

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