仕えるために、自分のいのちを与えるために、来られて

2018.03.18.20:38

人の子は、仕えるために、
また、多くの人の身代金として
自分のいのちを献げるため来た。
マタイ20283/18の週の聖句)

 主よ、
慈しみを私たちに示し、
私たちをお救いください。
858

 恵みと真理は
イエス・キリストを通して現れた。
ヨハネ117

 マルコ103545
 詩43(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句3/18;Ⅲ日曜)

 天の神、主、「『わたしはある』という者」と名乗られる方は、
私たち人間に対する、ご自身の恵みと真実によって
慈しみを私たちに現そうと、
〔御子である神〕を人として、人の世にお遣わしくださったのだそうです。

〔御子である神〕は、
〔父である神〕のお心に従って、
私たち人間に仕えてくださり、
ご自身のいのちを、
私たち人間の身代金、贖(あがな)い代として差し出し、献げて、
十字架刑での処刑を受けてくださったのだそうです。
神に反逆した者、神に拒まれ(詩432)、呪われた者として。

けれども、弟子たちは、このことが理解できず、
人々が待ち望んでいたように、
イエスを、王として立ち、民を率いて立ち上がり、
ローマ軍を打ち破ってダビデの王国を再現するキリストとしてしか、
見ていなかったようです。

それで、十字架刑での処刑を受けるためにエルサレムに向かうイエスに、
イエスの親戚であったヤコブとヨハネは、
母親とともに来て、願ったのだそうです。

 「あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左に座らせてください」と。
そして、これを知った弟子たちは、腹を立てたのだそうです。

それで、イエスは言われたのだそうです。
「異邦人の支配者と認められる者たちは彼らを支配し、
権力を振るいます。

 しかし、あなたがたの間では、そうではありません。
あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、
みなに仕える者になりなさい。

 あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、
みなのしもべになりなさい。

 人の子(イエスご自身のこと)が来たのも、
仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、
また、多くの人のための、贖いの代価として、
自分のいのちを与えるためです」(マルコ103545新改訳)、と。

私たち、イエスの弟子たちのように、
人の上に、人の先に立ち、権力を振るいたい者ですが、
その、私自身である〔生まれたときからの私〕という霊を、
イエスに合わせていただいて、十字架刑で処刑された者としていただき、

イエスが派遣してくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方をお迎えするなら、
この方が、受け入れる者の心に
〔父である神〕の御思いを置いてくださるので、
受け入れる者が〔父である神〕、〔御子である神〕と思いを同じくし、
心を一つにしていただけるのだそうです。

それで、私たちも、
イエスと同じように、人に仕える思いも、
心に持つ者にしていただけるのだそうです。
神のいつくしみと恵み、真実において。
この新しい週も。

(近くの教会を知りたい等の方は;shkhknsyg3@yahoo.co.jpへどうぞ。)

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